ベネディクト・ブルーから考える、ヒール男子は何故尊いのか

映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』を見た。

前半だけでも3回くらい泣いたし後半でも4回くらい泣いた気がする。もうだめだ。

自分はテレビ版の方でもヴァイオレットの仕事の回が好きだったので大変楽しめた。

少佐の話は今回出てこない。新規にも優しいし自分は個人的にそこがどうでもいいので良かった。

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデンの世界の好きなところとして、安易に悲劇を使わないところがある。

戦争が起きて人が死んだり、病気で人が死んだり、愛する家族と離れ離れになることもあるけど、一方で戦争から無事帰ってこられた人も居るし、政略結婚だけど愛し合って幸せになることもあるし、世の中は復興していく。

 

今回の映画なら縦ロールのお嬢様を嫌な人にしたり、妹を世話すると言っておきながらちゃんとやらないクソ親父にすることは簡単だったと思う。そうすれば簡単にイザベラの境遇を悲劇的にできる。

しかしそうはしない。

 

イザベラの環境は、客観的に言ってしまえば別にそこまで悪くはないと思う。

 貧乏暮らしを抜け出して良い学校に通い、妹は約束通りちゃんと世話されている。なんだ、良かったじゃん、と言えてしまう。

しかしイザベラとしては「自分ではテイラーを救えなかった」みたいなところが引っかかっているんだろうし、そういう複雑なところを掬い取って、それで心を動かせるんだから話を作るのが上手い。

テイラーの方も、姉のことは実際ほとんど覚えていなくて、別れた姉に会いたくて毎日寂しいみたいなわけでもないバランス感である。上手い。

 

まあ話の内容については多分あちこちで頭のいい感想があると思うのでそこは頭いい人に任せようと思っている。

じゃあなんの話をするかってベネディクト・ブルーが最高だったという話だ。

 

 

このヒールである。

 

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『ミスエデュケーション』CF成功めでたい、Aセクが出る話も見たい

10代レズビアンのリアルな青春とサバイバルを描いた映画原作小説 『The Miseducation of Cameron Post』を翻訳出版して若者に届けたい! | THOUSANDS OF BOOKSgreenfunding.jp

支援した。達成おめでとう。

本当はクラファンの期間中にこの記事を書こうと思っていたのだが遅筆なので全然間に合わなかった。

 

ぶっちゃけるとこの話がそんなに読みたかったかというとそうでもない。

活動報告のところにあった文章が良かったので、それに釣られたのだ。だから本自体についてはろくに調べてない。

 

「若者も読める海外クィア女子文学」をもっと日本に – 本プロジェクト立ち上げの経緯 - | 10代レズビアンのリアルな青春とサバイバルを描いた映画原作小説 『The Miseducation of Cameron Post』を翻訳出版して若者に届けたい! | THOUSANDS OF BOOKSgreenfunding.jp

これ

 

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うたプリミリしらだがマジLOVEキングダムを見た

劇場版うたのプリンス様マジLOVEキングダムを見てきた。

二度見た。この記事は二度分の記憶と、YouTubeの公式動画を見て蘇ってきた記憶と、あとは妄想を元に書いている。

なのでうたプリについて色々間違っていると思う。

思ったことを順番に書いているだけなので長いし特に意味はない。

 

自分はうたプリミリしらである。

うたプリについて知っているのは、やたら多才な聖川真斗という人がいること、寿嶺二というCV森久保祥太郎の昭和感なアイドルがいること、あと神宮寺レンというCV諏訪部の人は椅子に座らせてもらえないということくらい。

見に行く前日に一応ググってキャラ一覧を見たが、HE★VENSという人たちのことはユニット名はよく聞いていたが顔はマジで初見だった。

 

自分は二次元アイドルジャンルだと一応アイドルマスターをメインとしている。

あと三次元だと嵐をちょっと見る。

よって自分の中の「アイドルのステージ」のイメージは主にアイマスと嵐によって構成されており、この記事でもだいたいその感覚からの感想になる。

 

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「いやこれは恋愛とかじゃなくてさ」ってのはイコール異性愛主義じゃないだろ

 これは急に昔ムカついたツイートを思い出したので書いている愚痴である。

多分夢ではなかったと想うけど今更どこでその主張を見たのか思い出せないし探し出せないので実質ただのシャドーボクシングである。

 

BLCPの二人に対して(実際は百合CPの二人に対してという場合もあろうが)、「いやこの二人は同性愛とかじゃなくて、もっと別の何かなんだよ」というような物言いは同性愛に対して差別的である、みたいな発言を見たことがある。

自分はこれに対して「ハァ?」と思った。何故なら同性間の関係性には恋愛以外も色々有り得るというのは当然だからである。

 

記憶を辿れば、元々の発言の意図としては、「これは同性愛ではなく、”もっと尊い”別のものである」というような言い方は、同性愛を”尊くないもの”として扱っており差別的である、みたいなことだったと思う。たぶん。確かそんなようなことを言っていた。

それはまあ、一面においては正しい気はする。

 

ところで私は腐でBLが好きだが、好きな組合せの二人に対して「いや恋愛とかではねーんだよこの二人は……」とよく思う。というかむしろ恋愛ではないやつばっかり好きになる。

が、それは別に「同性愛は(異性愛と違って)尊くないから」、そう思うのではない。まあ無意識レベルで同性愛を見下してるんだろ!とか言われたら無意識のことまでは無意識だから否定はできないけど今は面倒くさいのでそういうのはおいておく。

そうではなく、自分にとっては、そもそも異性愛も別に尊くない。というか恋愛が尊くない。

だから「この二人は同性愛とかじゃなくてさ」というのは誤りで、「この二人は恋愛とかじゃなくてさ」と思う。

「この二人は同性愛とかじゃなくてさ」という言い回しをしてしまったら、それは同性愛ではない何か別の恋愛が尊くて、同性愛は尊くない、みたいに考えていると取られてしまっても、まあそれは自分の言い回しにもちょっとミスがあったな、と思わんでもない。実際は「この2人の間に重い感情があるのは、"2人が同性愛者で互いに恋愛感情があるから"、ではないと思っている」が縮まってそうなっていて、同性愛と異性愛を比較して出てきた言い方ではないのだが、まあ誤解を招く言い方であると言われれば確かにそうだ。

ただ「この二人は恋愛とかじゃなくてさ」と、思っていることをそのまま発言できた時にまで、勝手に「恋愛」の部分を解釈して同性愛を異性愛に比して見下している!とかゲスパーされたらやっとれん。

そうではなく自分は恋愛全般を大して好きじゃないだけだ。

 

まあこれはこれでそんな考え方良くないよ!と言われるかもしれないが単に好みとしてそうなのだ。

だいたい先にも述べた通り、関係性には恋愛以外にも色々あることは当然ではないか。なのに同性間のそれを指して「恋愛ではなく」と言っただけで何故急に怒られねばならないのか。

 

そりゃ恋愛対象が異性ではないというだけで不当に貶められることはあってはならないし、「この(同性)二人は恋愛とかじゃなくてさ」という言い方で当事者が不快になったとかだったらそれは言い方を考えねばならんかもしれんけど、でもそれは「自分の好きなものの話をする時に別のものをdisってはいけません」というだけの話ではなかろうか。

なのでこの言い回しを腐界隈のフィクションと同性愛当事者の間に特有の問題として語るのはなんか違う気がする。

 

それよりも、「恋愛とかじゃなくてさ」という言い方は、強い感情がそこに存在すると見ればすぐになんでもかんでも恋愛判定する恋愛主義に対する反発として出ているものではないのか。実際恋愛以外の関係性がその二人の間に存在することは全然有り得る筈なのに、何故その二人の間の恋愛関係を否定しただけで怒られねばならないのか。二人の関係性を恋愛or無の二極で考えねばならないわけもないだろうに。

二人の恋愛関係を否定している人が異性愛主義なのではなく、二人の恋愛関係を否定させまいとする側が恋愛主義なのではないのか。

恋愛関係を異性間だけの特権みたいに扱うことには勿論賛同しないが、同様に恋愛以外の関係性もあらゆる人の間で有り得る筈なのに、何故恋愛を否定してはいけませんと言ったその口で恋愛以外の関係を楽しみたいというスタンスを怒るんだ。わからん。

やめてくれよ恋愛至上主義を。私は恋愛以外にも色々な関係性をフィクションで楽しみたいんだよ。

女皆性犯罪被害者主張が苦手、それと身繕いコンプレックス

痴漢の話定期的に炎上するけど、ある時期から痴漢の話が盛り上がると悪い思い出が蘇って気持ちが暗くなる。

と言うとあたかも自分が被害に遭ったトラウマが……みたいな空気が出るが全然全くそれはない。何故なら自分は痴漢やらセクハラやらの被害に全然遭わないタイプだから。

 

私自身は性犯罪を嫌いだしセクハラやら痴漢も無くなれと思っているし当然加害者が悪いと思っているけど、それ系に言及する主張で頻繁に使われる言い回しがめちゃくちゃ嫌いだ。

前述した通り自分はその手の被害にマジで遭わない。だからそれ系のツイートでよくある「女性は誰でも生きているだけでセクハラや痴漢や性犯罪の被害に遭いまくっている」という言い方が本当に苦手で嫌いだ。

単純に嘘だと思う。多分愚痴っていると共感する人が集まってくるからその人の周りではそうなんだろうけど、私は違うし、「マジなの?」って呟いたら「自分も無い」って反応してきたフォロイーも居るから、少なくとも「誰でも」じゃない。

勿論被害の矮小化は良くないし、頻繁に被害に遭う人は大変だろう。だけどそれはそれとして、あの手の言い方が溢れ返りすぎているのは別の問題だと思っている。

 

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『妹の姉』別に普通の話に見えるし好みではない

荒れてから結構時間経ってから読んだ上に、下書きだけ残して更に時間が経っていたので完全に流行が去っている話題だけど、折角だから公開しておく。

 

 

 これね

 

先に「荒れてる」という話題から知って、Togetterの反応とかを見てから作品を見たので、色眼鏡がかかりまくった状態で読んでいて、感想としてはあまりよくないと思う。

すげー荒れてるしそんなキモいのかな~と野次馬根性で読みに行ったので、逆に案外普通だしおもんないな……みたいになった。

好きではないけど、特別嫌というわけでもない。普通。普通に嫌い。

確かに胸糞だと思うが、こういう胸糞な話って別によくあるので、この話が特別どう、という気持ちにはならない。

私が好きなタイプの話ではないが、好きな人がいるのもよく分かる。

 

togetter.com

 

感想はここをざっと見たんだけど、この話の嫌われポイントは大きく3つだと感じた。

 

一つは、女子高生のヌードそのもの。これ自体が生理的に無理なので、出ヌードバーン!な時点で全てが無理という層が割と居るっぽい。

 

二つめに、作中キャラの倫理観。どいつもこいつも主人公(姉)に対して酷すぎるとか、芸術系の学校ではヌードはもっとちゃんと扱われる筈なんだが!?という憤りが多く見られる。

私は芸術を知らないしそういう世界に居たこともないので、実際の美術系学校と比べたおかしさが分からない。でも、普段そういう不自然さが気になってしまうタイプの人間なので、ここで拒否感が出てしまう人の気持ちは割と分かる。

これなー、フィクションなんだから切り離して読めよ、っていう意見も分かるし、自分に関係ない世界の話ならそうするんだけど、気になっちゃうとマジで気になっちゃうんだよな。芸術系の人は特にそうだと思うけど、世界観が現代日本の高校という現実感高めなものだから、ファンタジーとかと比べて違和感を覚えやすいのもあるだろうな。

 

三つめが本筋の展開。勝手に想像でヌードを描かれた上全校生徒に晒されるという被害(と主人公は認識している)を受けた主人公が、最終的に加害者(と主人公が認識している)である妹が喜ぶ感じの行動を取り、それでハッピーエンドっぽくなっているという展開が気持ち悪いという感想。

個人的にはこれが一番分かる。私がこの話を嫌いな理由もこれだ。

 

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『性別モナリザの君へ。』が思ってたのと違ったのと、「性別」ってなんだよ

『性別モナリザの君へ。』という漫画にはどうも公式略称が存在しないらしい。

タイトルに独自の単語が含まれているわけでもないので勝手に略すのも難しい。

感想の検索などがしにくいと思う。地味に不便だ。いいのか?こう……エゴサの便とか……拡散性とか……

長くてめんどくさいのでこの記事では仮に「モナ君」とか呼んでおこうか。やばいすごいださい。

 

www.ganganonline.com

 

www.amazon.co.jp

www.amazon.co.jp

 

一言で言えば思ったのと違った。「思ったのと違った」だけで感想を終了してよいくらい思ったのと違った。

こいついつも思ったのと違ってんな。カノホモの時も言ってただろ。広告やキャッチコピーから公式が伝えたい情報を読み取る能力が著しく低いのかもしれない。思い込みが激しいのか? 

今回は何が思ったのと違ったのかというと、自分は広告で見た世界観の面白さに惹かれてコミックスを購入したのだが、世界観は話のメイン要素ではなく、あまり詰められていなかった。

 

一応雑に説明しておくと、モナ君の世界では、人間は無性別で生まれる。12歳頃から本人がなりたいと思う性別に身体が変化し、男女に分化する。……のだが、主人公の有馬ひなせは無性別のまま18歳の春を迎えた。それぞれ男と女になった2人の幼馴染と共に、変化はないが穏やかな日々が続いていくと思っていた。しかしある日、幼馴染の2人がそれぞれ告白してきて……!?(少女漫画背表紙あらすじ構文)みたいな感じだ。

あと「もしあなたに性別がなかったら、あなたは誰を好きになりますか?」というキャッチコピーが付いている。これがまたテーマを誤解させていると思う。

 最初に目に入る世界観やキャッチコピーが、あたかも異性愛至上主義、ひいては恋愛至上主義への問題提起、または性別・ジェンダーについての再考などを促しそうに見える(私にはそう見えた)のだが、実際にはそういった要素はあまり無いので、そのあたりを期待して読むと肩透かしになると思う。

 

そもそも1巻後書きに、作者の「美男からも美女からも告白されたい!」という思い付きから始まっていると書いてある。

無性別は「幼馴染♀→主人公」と「幼馴染♂→主人公」に状況的な差を作らないための装置でしかなく、性別や恋愛について深く掘り下げたいわけではないっぽい。いや、一応少しは考えているようだが、それは恋愛漫画として恋愛について考えているという意味で、セクシャルマイノリティとかジェンダーの話題に少しでも興味がある(専門などではなくても)人から見れば物足りないレベルだと思う。

また、2巻の後書きでは作者自ら世界観について「細かい事はどうでもいい、分かりやすい方で」「濃厚なSFがやりたいわけじゃない」と発言している。設定の面白さを求めて読みに来ている人は本来ターゲットではないのだと思う。

 

要するに、作者はただ三角関係のラブコメが書きたかったみたいで、私は前提から間違えていた。

だから世界観の面白さを楽しみたいという人にはこの話は向いていないと思う。私ならおすすめしない。

余談だがフォロイーに無性別フェチの人が居て、「無性別が男からも女からも性欲の対象にされる話が見たい!」と日頃から言っているので、その人向けだと思った。実際ファンらしかった。だからそういうのが見たい人は読んだらいいんじゃないでしょうか。

 

個人的には、世界観設定が無駄にSFとして面白そうに見えるので、意図せずSF目当て層を釣ってしまい、結果的に不満を持たれやすいのでは?と思った。だがざっと検索した限りでは肯定的な感想が多いので、私が一人で勘違いしていただけかもしれない。

また、私は恋愛漫画に興味が無いので、恋愛漫画として面白いのかどうかはよく分からなかった。 

 

以降はネタバレを含んだ感想である。

だが上記の通り私は客層ではなかったタイプなので、私がここで色々言ったところで所詮客じゃなかった奴の発言である。

 

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