ベネディクト・ブルーから考える、ヒール男子は何故尊いのか

映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』を見た。

前半だけでも3回くらい泣いたし後半でも4回くらい泣いた気がする。もうだめだ。

自分はテレビ版の方でもヴァイオレットの仕事の回が好きだったので大変楽しめた。

少佐の話は今回出てこない。新規にも優しいし自分は個人的にそこがどうでもいいので良かった。

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデンの世界の好きなところとして、安易に悲劇を使わないところがある。

戦争が起きて人が死んだり、病気で人が死んだり、愛する家族と離れ離れになることもあるけど、一方で戦争から無事帰ってこられた人も居るし、政略結婚だけど愛し合って幸せになることもあるし、世の中は復興していく。

 

今回の映画なら縦ロールのお嬢様を嫌な人にしたり、妹を世話すると言っておきながらちゃんとやらないクソ親父にすることは簡単だったと思う。そうすれば簡単にイザベラの境遇を悲劇的にできる。

しかしそうはしない。

 

イザベラの環境は、客観的に言ってしまえば別にそこまで悪くはないと思う。

 貧乏暮らしを抜け出して良い学校に通い、妹は約束通りちゃんと世話されている。なんだ、良かったじゃん、と言えてしまう。

しかしイザベラとしては「自分ではテイラーを救えなかった」みたいなところが引っかかっているんだろうし、そういう複雑なところを掬い取って、それで心を動かせるんだから話を作るのが上手い。

テイラーの方も、姉のことは実際ほとんど覚えていなくて、別れた姉に会いたくて毎日寂しいみたいなわけでもないバランス感である。上手い。

 

まあ話の内容については多分あちこちで頭のいい感想があると思うのでそこは頭いい人に任せようと思っている。

じゃあなんの話をするかってベネディクト・ブルーが最高だったという話だ。

 

 

このヒールである。

 

別にテレビ版の時からベネディクトはヒールブーツだったのだが、映画ではアングルとかカット割からヒールブーツ推しをめちゃくちゃ感じられる。

まあそもそもアニメ版だとベネディクトメイン回が無かったので、今回初めてベネディクトが沢山映ったせいもあるのだろうが……それにしてもフェチがビシバシ伝わってくる。

 

ところで引用したツイートにもある通りベネディクト・ブルーはC.H郵便社の配達人である。

つまり沢山動く仕事の人である。

当然華美な服装は向かないだろうしハイヒールなんて尚更である。にも拘らずまあまあ高いヒールと背中開きのシャツである。

 

アニメ版の時からこいつすごい格好だな……とは思っていたが映画で舐め回すように描かれると改めてすごい。

この靴で実際に配達しているシーンが描かれたのは初めてじゃないだろうか?(もしかしたら忘れてるだけかもしれないが)

ちゃんと手紙や荷物を届けていたしチャリも操っていた。あの靴で。

 

と、ベネディクトの一挙手一投足にうわぁ……と良い意味で唸っていたのだが、ふとここで、もしこのポジションが女性キャラだったらここまでヒールブーツにいちいち感心しないだろうなと思った。

これは性癖の話ではなく……いや性癖的にもベネディクトのヒールブーツは大変良いが……女性キャラが仕事に不適であろう華美な服装やハイヒールにデザインされるのはよくあるからだ。

 

二次元の女性はハイヒールで走れるし戦える。だって二次元だから。

それは全然良い。実際ハイヒールはカッコよくて見た目が良いから、ハイヒールで動き回るキャラは見て癒される。

しかし自分は残念ながら現代日本を生きる女であるので、現実に「女はヒールを履け」という圧を受けることがちょっとある。就活とか。

自分はそういうやつが嫌いなので、二次元の女キャラが仕事に不適なヒールを履いていると、現実のハイヒールが纏う嫌な文脈を思い出して少しだけウゥーンとなる時がたまにある。たまに。

勿論二次元は二次元であって人間ではないので、彼女らは多分足が痛くなったりしないし靴擦れもしないんだろうけど。でもそういう機能性に反する装飾性を「女性キャラだけが」背負わされる時、ちょっとウェーとなる。多分自分以外にもそういう人いるんじゃないかな。

 

そこで、スーッと沁みて効く、ヒール男子である。

そう、実用性度外視の装飾性、別に男性キャラにも背負わせていけばよいのだ。

 

……などと言うと、なんかやられた嫌なことをやり返しているみたいな、ヒールの嫌な文脈を男性にも押し付け返すみたいに聞こえてしまう。

実際自分も、ヒール男子を好きなのはそういう復讐みたいなところがあるんじゃないかと前は思っていた。

でもそれも少し違う気がしてきた。

普通に、素直に、ハイヒールはカッコいいのだ。

 

ヒール男子が良いのは、女性的な要素を男性が纏っている意外性によるものだと最初は認識していた。

それも正直あると思うけど、でも別にそういうのを抜きにしても、そもそも女性が履いても男性が履いてもハイヒールがカッコいいから良いんじゃないだろうか?

ハイヒール、男もどんどん履いたらいいんじゃない???

 

ハイヒールはカッコいい。そして二次元は絵なので、どれだけカッコよくしても不便を被る人はいないのだ。

つまり二次元のハイヒールはノーコストでカッコいい。最高だ。

それを女性キャラしかやらないとか勿体ないではないか。

 

男性キャラが装飾性を纏うことはそれ自体も嬉しいし、それによって女性キャラの装飾性もフラットな気持ちで楽しめるようになる。少なくとも自分にとってはそうである。

 

ついでに言えばベネディクト・ブルーの良さの一つとして、その服装が作中で特異なものとしては扱われないところがある。

彼の服装は視聴者から見ればそれなりのインパクトだし、公式に「服装にこだわりがあるキャラ」という記述はあるが、作中でそれについて驚いたり、突っ込んだり、茶化したりする人は居ない。

一度ベネディクトが転んで怪我する回があって、そこで「そんな靴履いてるから……」みたいな事は言われていた気がするけど、全体見てもそこしかないくらいだ。

それも「ヒールは転びやすい」という意味で言われるだけで、「女みたいなの履いてる」的な方向では取り上げられない。

ベネディクトも所謂オネェ的なキャラ付けをされているわけではないし、ヒールブーツ以外の部分は特に女性的な服装なわけでもない。

多分あの世界においてヒールブーツは別に女性のものとされるファッションではないのかもしれない。

あの服装がナチュラルに受け入れられているところは、ヴァイオレット・エヴァーガーデンの世界観の優しさの一つだと思う。好きだ。

 

というわけで二次元の男性キャラ、女性キャラが既にそうしているように、存分に機能性を度外視して着飾ってヒールを履いてほしい。

何せ二次元なのだから。

オシャレは開かれている。

『ミスエデュケーション』CF成功めでたい、Aセクが出る話も見たい

10代レズビアンのリアルな青春とサバイバルを描いた映画原作小説 『The Miseducation of Cameron Post』を翻訳出版して若者に届けたい! | THOUSANDS OF BOOKSgreenfunding.jp

支援した。達成おめでとう。

本当はクラファンの期間中にこの記事を書こうと思っていたのだが遅筆なので全然間に合わなかった。

 

ぶっちゃけるとこの話がそんなに読みたかったかというとそうでもない。

活動報告のところにあった文章が良かったので、それに釣られたのだ。だから本自体についてはろくに調べてない。

 

「若者も読める海外クィア女子文学」をもっと日本に – 本プロジェクト立ち上げの経緯 - | 10代レズビアンのリアルな青春とサバイバルを描いた映画原作小説 『The Miseducation of Cameron Post』を翻訳出版して若者に届けたい! | THOUSANDS OF BOOKSgreenfunding.jp

これ

 

近年刊行される海外YA小説は、LGBTQのキャラクターが登場することが非常に多いのです。特に、ゲイの男の子のキャラが。(中略)しかし、はじめから<10代の若者に向けて書かれた>レズビアンクィア女子のYA小説…となると、どうでしょう。ぐっと選択肢が減りませんか。

 

物語の登場人物と自分を重ね合わせて「あ、この感覚、知ってる」「その気持ちわかる」と感じる体験は、楽しいものです。胸が高鳴るものです。時には痛いほど共感して涙が出てきたり、じわじわと勇気がみなぎってきたり、救われる気持ちになったりして、心を大きく揺さぶられます。(中略)

ほかのありとあらゆる人と同じように、日本社会に生きるクィア女子、クィア女性たちにも、物語の主人公に自分を重ね合わせて想いを馳せる資格がある。そしてその資格が「自分にもあるんだ」と気付く瞬間は、人生のうちで早ければ早いほど良いはずです。

 

うわーいいな。私もこういうこと言われたい。羨ましい〜〜

だが私はレズビアンではないので私向けの言葉ではないのであった。畜生

 

実際は現在レズビアンを主役とする物語が少ないというのは当事者からしたらつらかろうし、レズビアンの状況は何も「いいなー」ではない。今後現実が良い方向に変わることを祈るばかりだし、このクラファンが成功して良かったと思う。

が、個人的感情としてはやっぱりめちゃくちゃ羨ましくて、それをこっちに対してもやってほしい。

私もそれがほしい。同じやつの、でも同じじゃなく私向けのやつがほしい。

 

前にカノホモの感想記事でも書いたのだが、アロマンティック・又はアセクシャルが出るフィクションが見たいな、と思い続けている。……というのは今だからできる言い方で、実際はAという概念を知る前からそういうことを思っていた。

 

自分はAという概念を知った時にめちゃくちゃパラダイムシフトを起こしてしまい(パラダイムシフトの使い方間違ってるかもしれんけどうまい具合の言葉がわからん)、その言葉を知る前に何を考えて生きていたかをあんまり思い出せなくなってしまった。でも世の中の物語に対して抱いていた不満のことは割と覚えている。

今思えば、あれは多くの物語にセクシュアリティの面で共感できるキャラクターが居ないことへの不満だった。

まあ別に、セクシュアリティ的に共感できるキャラが居なくても面白い話は色々あるのだが、たまにはそこで共感もしたい。

 

だが、実際のところ、Aのキャラクターが登場するフィクションの探し方が、私は未だに分かっていない。そもそも探せるほど存在するかどうかすらよく分からない。

とりあえずそれっぽいワードでググってみたけど全然ヒットしないし。

LGBT関連とかでもだいたいGとLの話ばかりでは?まあそもそもAはLGBT(の字面)に含まれとらんしな。

 

一度フォロイーになんか知らない?と聞いてみたら「純情乙男マコちゃん」を紹介してもらえて、それはとても良かったのだが、「これ口コミ以外で辿り着くの無理では?」って感じのタグしか付いていなかった。

まあこの話の場合登場人物がAであることは割と重大なネタバレになるので仕方なくもあるけど……いやでもな……

 

comic.pixiv.net

純情乙男マコちゃんは普通におもしろいのでおすすめです。

 

とにかく私は未だAのキャラが出るフィクションを全然見つけられていないのである。 

今でも見つけられないくらいだから、Aという概念を知る前に自分が求めているものを探すのはもっと困難で、よく地雷を踏んでいた。

特に踏みがちだったのはレディコミ系だ。レディコミに詳しくないからもしかしたらレディコミじゃないかもしれないけど、なんかオタクじゃない女性向けみたいなやつ。

レディコミ系、彼氏いない歴年齢、容姿並、趣味が楽しいから恋愛に興味ない!みたいな女主人公が割といる。

それを「自分じゃん」と思って試し読みすると、結局周りの人間が恋愛や結婚をしていくのを見て自分が惨めに思える……とか、旧知のイケメンと会って浮わついたりとか、ちょっと恋愛っぽいフラグが立ってワンチャン期待してる風な素振りを見せたりとか、そんなんばっか出てくる。

そういうのじゃねえんだよ。

こういうやつに出くわす度に、またファッション恋愛興味ない人間かよクソが、と落胆して軽蔑していた。

 

そんなことをよくやっていたので、冒頭で引用した活動報告の文言が、自分にはめちゃくちゃ刺さったのだ。

自分はレズビアンではないし他人の感覚は結局分からないけど、でも部分的には分かる。自分も物語の登場人物に、その面で共感する機会が欲しい。

あの文章は、自分の不満を的確に、且つ攻撃的にならずに表し、それを適切に救おうとしていて、めちゃくちゃ好きだ。

でも私はレズビアンではないので、あれが私(を含む属性)に向けられた言葉ではないことが妬ましい。

でもここで足を引っ張ったら、こっち側まで救いの手が及ぶことは絶対になくなると思うので、私はあれを応援しなければならない。

あれが成功したように、いつか自分の方にもああいう言葉をかけてもらえるようになるくらい、世の中に余裕ができてほしい。本当はいつかと言わず今すぐ来てほしい。もうずっと私向けの物語を欲し続けている。

 

 

と、そのように夢想する一方で、Aのキャラクターが出るフィクションというのは、LGBのそれとはまた別の難しさもあると思う。

これは、今後LやGやBの物語での扱いがいい具合になったとしても、それと同じ手段では解決できない問題だと思う。

ここからはクラファンの話とは関係ない。元々あのクラファン関係なくこの話題で記事を書こうと思って放置していたのが、丁度いい感じにクラファンを見つけたので記事がフュージョンしちゃったんだよね(話題の切り分けが下手)

 

Aのキャラが出るフィクションが増えることは難しいだろうなと思う理由は2つある。

1つめに、書くのが難しい。

どうもロマンティック・セクシャルの人間にとって、Aのキャラクターを描くことは難しいらしい。

これはよく考えてみたら私もロマンティックセクシャルのキャラクターを書くのは(技術的な問題を抜きにしても)難しいと感じるので、当たり前かもしれない。

現実的に世の中の人間の大半は(信じがたいことに)ロマンティックセクシャルらしいので、多分、単純に計算してAのキャラクターを書ける人は少ない。そもそも創作する人が希少人種だからよりレアだろう。

  

Aじゃない人が考えそうなAキャラとして分かりやすいのはシャーロック・ホームズとかだと思う。でもあれ系はちょっと違うのだ。

私はシャーロック・ホームズを読まないので聞きかじりで言うが(間違ってたらすんません)、ホームズは、人間味のない変人としての描写の一環で恋愛をしていない、という感じだと思う。

確かにそれは定義上恋愛をしていないけれども、でも「Aのキャラが出る話が見たい」と言っている時に求めているのはそういうことではないのだ。

私は恋愛しないことを非人間的だとするような話が見たいわけではない。

ロマンティックセクシャルの人から見て、「恋愛をしない」ということは時に非人間的に思えて、そういう人格を想像するのかもしれないが、私にとって恋愛をしないことは普通で、全然人間である。

だからAという性質によって表現されるものが人間味の無さというパターンは見たいものと違う。

人間味の無いキャラはそれはそれで好きなのだが、今言ってるのはそうじゃなくて、普通にAのキャラが見たいのだ。

でもそれは描写が困難である。だから無い。つらい。

 

2つめに、Aは面白くない。

暴言だが、でもそうだと思う。

世の中に存在する物語は大半が恋愛か死の話だと思う。それは多分恋愛とか死の持つ物語パワーがめっちゃ強いからだ。他だとパワーがあるのは戦いとかだろうか。

Aのキャラというのは恋愛というカードが使えないので、必然的にロマンティックセクシャルのキャラと比べて物語パワーが無い。つまり、つまらない。

私はAのキャラが見たいと言いながら、でも同時に、AのキャラのAであることにフォーカスするような話は、果たして面白いのか?と思う。

少なくとも恋愛をする人から見たら、Aの話はきっとつまらないのではないかと思う。

つまらなければ需要がない。需要が無いものは売れない。売れないから作られない。つらい。

一体どうやって話を展開すればいいんだろう。バトル系の世界観ならまだ間が持つか?うーん。

 

冒頭に引用したクラファンの活動報告文の中に、「誰も死んだりしない、悲劇的なエンディングではない、希望を持って楽しめるハッピーなレズビアン作品は、近年どんどん増えてきました。今後は、レズビアンクィア女子が活躍するYA小説を、もっと日本の若者に届けたい。」というのがあった。

それは分かる。

でも自分は、Aはこの段階にはまだ進めないなと思った。元の文章はAの話をしているわけではないので当たり前なのだが。

LやGとAは別なので勝手に比べても仕方ないのだが、LやGやBは結局恋愛の話ができるし、現実的に付きまとう困難や悲劇も、物語パワーという意味では有用だと思う。かつて悲しい話が多かったらしいのも、悲劇の持つ物語パワーが強いからじゃないだろうか。

でもAは恋愛というカードが無いから、死と悲劇まで除外したら、物語にする難易度が高すぎる気がする。だから正直、現時点ではとりあえず悲劇的でもいいからAが出る話が見てみたい。脱悲劇の前に、とりあえず増えてほしい。

 

直接は関係ない話だが、前アナ雪で「エルサに女性のパートナーを作ってくれ」みたいな運動が起こっていたと思うのだが、私はあれが嫌だった。

私はアナ雪を見ていないので、エルサが作中の描写でどう見てもレズビアンだったんなら、その場合は私が見てない癖に適当言って間違ってるということなのですんません。

でももし、エルサが同性とくっつかないことを以てそう言われているんだったらそれは嫌だ。

作中で異性とくっつかないことはイコール同性愛者であるということではない。

同性愛者かもしれないけど、別に異性愛者かもしれない。異性愛者だからって作中で異性とくっつかなければならないわけではないだろうし。もしかしたらAかもしれないし、パンセクもしれない。作中で絡んだ特定の異性とくっつかないことは、ただそいつとくっつかなかったという事実以外を意味しないと思う。

エルサに同性のパートナーを、と言った人達は同性愛の当事者で、エルサと自分を重ねて、エルサが恋愛のパートナーを得て幸せになることで救われる人達だったのかもしれない。それを私がどうこう言うことはできない。

でも私は捻くれているから、あれを見て、やっぱり恋愛をしなくてパートナーが居ないということは、物語としては良くなくて、未完で、克服されるべき状態なんだろうか、と思って嫌だった。

恋愛をしなくてパートナーが居ないキャラクターも、物語で存在することを受け入れられてほしかった。

 

結局何が言いたいのか分からなくなってきた。

AのキャラがAであることを恋愛の踏み台にされなくて、尚且つ人間らしく出ている話を知っていたら教えてください。まじで

ちなみに『性別モナリザの君へ』は主人公は若干それっぽいけど作中での非恋愛的性質の扱いとか男女観が合わなくてあんまり好みじゃなかった。

 

やがて君になる』は新アニメ一覧眺めてた時にAかな?と思ったら百合展開みたいでスルーしたんだけど、完全に恋愛的な百合というわけでもなく片方がAっぽいみたいでちょっと気になってはいる。

でも百合作品としてカテゴライズされてるから結局どうなんだ……みたいな感じで怖くて見れてない。結局どうなるんだろうあれ。最終的に恋愛になるんじゃないなら見たいかも。

 

この「百合作品」みたいなカテゴライズも難しいものがあると思う。実際「やが君」はキャラ二人は別に同性愛カップルなわけではないらしいのに百合作品としてカテゴライズされていて、カテゴライズとキャラの性指向は関係ない。

自分も実際同性愛カップルなわけではない二人の関係を指してBLだわ~って思う。

 

『ミスエデュケーション』についても、支援者だか企画側の人だか忘れたが、「百合ではないレズビアン小説」と称している人がいてちょっと不思議だった。

百合かどうかは読んだ人の受け取り方であって、一人が決められるものではないのでは?と思う。

まあ多分発言者的には「(主に)男性向けのファンタジーとしてではなく、レズビアン当事者向けを想定して書かれている」みたいなニュアンスだったのかもしれないけど。

ただ「百合/BLかどうか判断するのは読者」という理論は、そのまま私が恋愛ではないと思っているものを「恋愛もの」とカテゴライズされることも肯定するわけで、難しい。

うたプリミリしらだがマジLOVEキングダムを見た

劇場版うたのプリンス様マジLOVEキングダムを見てきた。

二度見た。この記事は二度分の記憶と、YouTubeの公式動画を見て蘇ってきた記憶と、あとは妄想を元に書いている。

なのでうたプリについて色々間違っていると思う。

思ったことを順番に書いているだけなので長いし特に意味はない。

 

自分はうたプリミリしらである。

うたプリについて知っているのは、やたら多才な聖川真斗という人がいること、寿嶺二というCV森久保祥太郎の昭和感なアイドルがいること、あと神宮寺レンというCV諏訪部の人は椅子に座らせてもらえないということくらい。

見に行く前日に一応ググってキャラ一覧を見たが、HE★VENSという人たちのことはユニット名はよく聞いていたが顔はマジで初見だった。

 

自分は二次元アイドルジャンルだと一応アイドルマスターをメインとしている。

あと三次元だと嵐をちょっと見る。

よって自分の中の「アイドルのステージ」のイメージは主にアイマスと嵐によって構成されており、この記事でもだいたいその感覚からの感想になる。

 

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「いやこれは恋愛とかじゃなくてさ」ってのはイコール異性愛主義じゃないだろ

 これは急に昔ムカついたツイートを思い出したので書いている愚痴である。

多分夢ではなかったと想うけど今更どこでその主張を見たのか思い出せないし探し出せないので実質ただのシャドーボクシングである。

 

BLCPの二人に対して(実際は百合CPの二人に対してという場合もあろうが)、「いやこの二人は同性愛とかじゃなくて、もっと別の何かなんだよ」というような物言いは同性愛に対して差別的である、みたいな発言を見たことがある。

自分はこれに対して「ハァ?」と思った。何故なら同性間の関係性には恋愛以外も色々有り得るというのは当然だからである。

 

記憶を辿れば、元々の発言の意図としては、「これは同性愛ではなく、”もっと尊い”別のものである」というような言い方は、同性愛を”尊くないもの”として扱っており差別的である、みたいなことだったと思う。たぶん。確かそんなようなことを言っていた。

それはまあ、一面においては正しい気はする。

 

ところで私は腐でBLが好きだが、好きな組合せの二人に対して「いや恋愛とかではねーんだよこの二人は……」とよく思う。というかむしろ恋愛ではないやつばっかり好きになる。

が、それは別に「同性愛は(異性愛と違って)尊くないから」、そう思うのではない。まあ無意識レベルで同性愛を見下してるんだろ!とか言われたら無意識のことまでは無意識だから否定はできないけど今は面倒くさいのでそういうのはおいておく。

そうではなく、自分にとっては、そもそも異性愛も別に尊くない。というか恋愛が尊くない。

だから「この二人は同性愛とかじゃなくてさ」というのは誤りで、「この二人は恋愛とかじゃなくてさ」と思う。

「この二人は同性愛とかじゃなくてさ」という言い回しをしてしまったら、それは同性愛ではない何か別の恋愛が尊くて、同性愛は尊くない、みたいに考えていると取られてしまっても、まあそれは自分の言い回しにもちょっとミスがあったな、と思わんでもない。実際は「この2人の間に重い感情があるのは、"2人が同性愛者で互いに恋愛感情があるから"、ではないと思っている」が縮まってそうなっていて、同性愛と異性愛を比較して出てきた言い方ではないのだが、まあ誤解を招く言い方であると言われれば確かにそうだ。

ただ「この二人は恋愛とかじゃなくてさ」と、思っていることをそのまま発言できた時にまで、勝手に「恋愛」の部分を解釈して同性愛を異性愛に比して見下している!とかゲスパーされたらやっとれん。

そうではなく自分は恋愛全般を大して好きじゃないだけだ。

 

まあこれはこれでそんな考え方良くないよ!と言われるかもしれないが単に好みとしてそうなのだ。

だいたい先にも述べた通り、関係性には恋愛以外にも色々あることは当然ではないか。なのに同性間のそれを指して「恋愛ではなく」と言っただけで何故急に怒られねばならないのか。

 

そりゃ恋愛対象が異性ではないというだけで不当に貶められることはあってはならないし、「この(同性)二人は恋愛とかじゃなくてさ」という言い方で当事者が不快になったとかだったらそれは言い方を考えねばならんかもしれんけど、でもそれは「自分の好きなものの話をする時に別のものをdisってはいけません」というだけの話ではなかろうか。

なのでこの言い回しを腐界隈のフィクションと同性愛当事者の間に特有の問題として語るのはなんか違う気がする。

 

それよりも、「恋愛とかじゃなくてさ」という言い方は、強い感情がそこに存在すると見ればすぐになんでもかんでも恋愛判定する恋愛主義に対する反発として出ているものではないのか。実際恋愛以外の関係性がその二人の間に存在することは全然有り得る筈なのに、何故その二人の間の恋愛関係を否定しただけで怒られねばならないのか。二人の関係性を恋愛or無の二極で考えねばならないわけもないだろうに。

二人の恋愛関係を否定している人が異性愛主義なのではなく、二人の恋愛関係を否定させまいとする側が恋愛主義なのではないのか。

恋愛関係を異性間だけの特権みたいに扱うことには勿論賛同しないが、同様に恋愛以外の関係性もあらゆる人の間で有り得る筈なのに、何故恋愛を否定してはいけませんと言ったその口で恋愛以外の関係を楽しみたいというスタンスを怒るんだ。わからん。

やめてくれよ恋愛至上主義を。私は恋愛以外にも色々な関係性をフィクションで楽しみたいんだよ。

女皆性犯罪被害者主張が苦手、それと身繕いコンプレックス

痴漢の話定期的に炎上するけど、ある時期から痴漢の話が盛り上がると悪い思い出が蘇って気持ちが暗くなる。

と言うとあたかも自分が被害に遭ったトラウマが……みたいな空気が出るが全然全くそれはない。何故なら自分は痴漢やらセクハラやらの被害に全然遭わないタイプだから。

 

私自身は性犯罪を嫌いだしセクハラやら痴漢も無くなれと思っているし当然加害者が悪いと思っているけど、それ系に言及する主張で頻繁に使われる言い回しがめちゃくちゃ嫌いだ。

前述した通り自分はその手の被害にマジで遭わない。だからそれ系のツイートでよくある「女性は誰でも生きているだけでセクハラや痴漢や性犯罪の被害に遭いまくっている」という言い方が本当に苦手で嫌いだ。

単純に嘘だと思う。多分愚痴っていると共感する人が集まってくるからその人の周りではそうなんだろうけど、私は違うし、「マジなの?」って呟いたら「自分も無い」って反応してきたフォロイーも居るから、少なくとも「誰でも」じゃない。

勿論被害の矮小化は良くないし、頻繁に被害に遭う人は大変だろう。だけどそれはそれとして、あの手の言い方が溢れ返りすぎているのは別の問題だと思っている。

 

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『妹の姉』別に普通の話に見えるし好みではない

荒れてから結構時間経ってから読んだ上に、下書きだけ残して更に時間が経っていたので完全に流行が去っている話題だけど、折角だから公開しておく。

 

 

 これね

 

先に「荒れてる」という話題から知って、Togetterの反応とかを見てから作品を見たので、色眼鏡がかかりまくった状態で読んでいて、感想としてはあまりよくないと思う。

すげー荒れてるしそんなキモいのかな~と野次馬根性で読みに行ったので、逆に案外普通だしおもんないな……みたいになった。

好きではないけど、特別嫌というわけでもない。普通。普通に嫌い。

確かに胸糞だと思うが、こういう胸糞な話って別によくあるので、この話が特別どう、という気持ちにはならない。

私が好きなタイプの話ではないが、好きな人がいるのもよく分かる。

 

togetter.com

 

感想はここをざっと見たんだけど、この話の嫌われポイントは大きく3つだと感じた。

 

一つは、女子高生のヌードそのもの。これ自体が生理的に無理なので、出ヌードバーン!な時点で全てが無理という層が割と居るっぽい。

 

二つめに、作中キャラの倫理観。どいつもこいつも主人公(姉)に対して酷すぎるとか、芸術系の学校ではヌードはもっとちゃんと扱われる筈なんだが!?という憤りが多く見られる。

私は芸術を知らないしそういう世界に居たこともないので、実際の美術系学校と比べたおかしさが分からない。でも、普段そういう不自然さが気になってしまうタイプの人間なので、ここで拒否感が出てしまう人の気持ちは割と分かる。

これなー、フィクションなんだから切り離して読めよ、っていう意見も分かるし、自分に関係ない世界の話ならそうするんだけど、気になっちゃうとマジで気になっちゃうんだよな。芸術系の人は特にそうだと思うけど、世界観が現代日本の高校という現実感高めなものだから、ファンタジーとかと比べて違和感を覚えやすいのもあるだろうな。

 

三つめが本筋の展開。勝手に想像でヌードを描かれた上全校生徒に晒されるという被害(と主人公は認識している)を受けた主人公が、最終的に加害者(と主人公が認識している)である妹が喜ぶ感じの行動を取り、それでハッピーエンドっぽくなっているという展開が気持ち悪いという感想。

個人的にはこれが一番分かる。私がこの話を嫌いな理由もこれだ。

 

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『性別モナリザの君へ。』が思ってたのと違ったのと、「性別」ってなんだよ

『性別モナリザの君へ。』という漫画にはどうも公式略称が存在しないらしい。

タイトルに独自の単語が含まれているわけでもないので勝手に略すのも難しい。

感想の検索などがしにくいと思う。地味に不便だ。いいのか?こう……エゴサの便とか……拡散性とか……

長くてめんどくさいのでこの記事では仮に「モナ君」とか呼んでおこうか。やばいすごいださい。

 

www.ganganonline.com

 

www.amazon.co.jp

www.amazon.co.jp

 

一言で言えば思ったのと違った。「思ったのと違った」だけで感想を終了してよいくらい思ったのと違った。

こいついつも思ったのと違ってんな。カノホモの時も言ってただろ。広告やキャッチコピーから公式が伝えたい情報を読み取る能力が著しく低いのかもしれない。思い込みが激しいのか? 

今回は何が思ったのと違ったのかというと、自分は広告で見た世界観の面白さに惹かれてコミックスを購入したのだが、世界観は話のメイン要素ではなく、あまり詰められていなかった。

 

一応雑に説明しておくと、モナ君の世界では、人間は無性別で生まれる。12歳頃から本人がなりたいと思う性別に身体が変化し、男女に分化する。……のだが、主人公の有馬ひなせは無性別のまま18歳の春を迎えた。それぞれ男と女になった2人の幼馴染と共に、変化はないが穏やかな日々が続いていくと思っていた。しかしある日、幼馴染の2人がそれぞれ告白してきて……!?(少女漫画背表紙あらすじ構文)みたいな感じだ。

あと「もしあなたに性別がなかったら、あなたは誰を好きになりますか?」というキャッチコピーが付いている。これがまたテーマを誤解させていると思う。

 最初に目に入る世界観やキャッチコピーが、あたかも異性愛至上主義、ひいては恋愛至上主義への問題提起、または性別・ジェンダーについての再考などを促しそうに見える(私にはそう見えた)のだが、実際にはそういった要素はあまり無いので、そのあたりを期待して読むと肩透かしになると思う。

 

そもそも1巻後書きに、作者の「美男からも美女からも告白されたい!」という思い付きから始まっていると書いてある。

無性別は「幼馴染♀→主人公」と「幼馴染♂→主人公」に状況的な差を作らないための装置でしかなく、性別や恋愛について深く掘り下げたいわけではないっぽい。いや、一応少しは考えているようだが、それは恋愛漫画として恋愛について考えているという意味で、セクシャルマイノリティとかジェンダーの話題に少しでも興味がある(専門などではなくても)人から見れば物足りないレベルだと思う。

また、2巻の後書きでは作者自ら世界観について「細かい事はどうでもいい、分かりやすい方で」「濃厚なSFがやりたいわけじゃない」と発言している。設定の面白さを求めて読みに来ている人は本来ターゲットではないのだと思う。

 

要するに、作者はただ三角関係のラブコメが書きたかったみたいで、私は前提から間違えていた。

だから世界観の面白さを楽しみたいという人にはこの話は向いていないと思う。私ならおすすめしない。

余談だがフォロイーに無性別フェチの人が居て、「無性別が男からも女からも性欲の対象にされる話が見たい!」と日頃から言っているので、その人向けだと思った。実際ファンらしかった。だからそういうのが見たい人は読んだらいいんじゃないでしょうか。

 

個人的には、世界観設定が無駄にSFとして面白そうに見えるので、意図せずSF目当て層を釣ってしまい、結果的に不満を持たれやすいのでは?と思った。だがざっと検索した限りでは肯定的な感想が多いので、私が一人で勘違いしていただけかもしれない。

また、私は恋愛漫画に興味が無いので、恋愛漫画として面白いのかどうかはよく分からなかった。 

 

以降はネタバレを含んだ感想である。

だが上記の通り私は客層ではなかったタイプなので、私がここで色々言ったところで所詮客じゃなかった奴の発言である。

 

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