期間限定で、コミティアで出した同人誌を全文公開します。
— 伊咲ウタ 新連載きみのせかいに恋はない配信中 (@uta_isaki) 2020年8月25日
ノンセクシャルの彼氏のお話(1/11) pic.twitter.com/e1gvdwJfga
読んだ。
ちょっと前のAセクの漫画家だかレーターだかがシスヘテロ友人と同棲するやつといい、最近Aセクシャルネタ流行ってるんですかね?
あれの時も感想とか書こうかな〜と思ってたのに気が付いたら忘れてた。全部労働が悪い
今回は漫画自体のツイートより先にフォロイー達の感想ツイートやRTが目に入り、その後で漫画自体を見た感じです
この先に見た反応というのが「Aセクとかノンセクの人にゴネてキスだのセックスだのを受け入れさせる系の話やめちくり〜(意訳)」という感じのやつだったので、かなり胸糞を覚悟して読みに行ったのですが、覚悟しすぎたせいか読後感は逆に「意外とそうでもないな」くらいな感じでした。
言うて彼氏くん、結局別れているわけで、彼女ちゃんが(心の底では)望んでいる「性的接触を含む関係の継続」を受け入れたわけでは全然ないですしね。
TLに流れてくる反応を見た時は、彼氏くんがキスやらセックスやらを精神的にも受け入れて、「やっぱりキスやらセックスやらをしてこその愛だよね俺が間違ってたよ愛に目覚めたよ!」みたいなことを言わされる系の胸糞かな?と予想していたので、思ったより全然彼氏くんに自我があって割と安心しました。
今回はこの漫画自体に対する感想も色々あるんだけど、漫画に対する他の人たちの感想も面白くて、感想に対する感想が色々出てきたのでそれも書きます。
こういう話に対して感想を言うので、分かりやすさの為に予め自分の立ち位置をはっきりさせておくと、私はAロマンティック且つAセクシャルで、性的な事柄に嫌悪感は無いタイプです。
一方恋愛的な事柄に対してはまあまあ嫌悪感があり、それ故に私にとってはAセクシャルであることよりもAロマンティックであることの方が自分として重要です。
今Aロマンティックってなんだよ、ってなった人はこの記事見たらわかると思います。
まあつまり恋愛対象と性欲の対象を分けてセクシュアリティを表すSAMという考え方があって、それだと恋愛対象が存在しないことをAロマンティックというわけです。
作中ではノンセクシャルという語が使われていますが、SAMで分類した場合彼氏くんはバイロマンティック・Aセクシャルなんかな、と思います。*1
ややこしいのは、SAMで言うところの「Aセクシャル」は、ノンセクシャルという言葉を使う時に、ノンセクシャルと並べて使われる「Aセクシャル」とは指す範囲が異なるということです。
日本ではノンセクシャルという言葉が割と浸透しているようですが、ノンセクシャルとAセクシャルを並べて使う時の「Aセクシャル」が指しているのは、SAMで言うところのAロマンティックAセクシャルのことなんだわな。
私は普段からSAMを使って考える人間なのでこの記事中でも「Aセクシャル」という単語を使いますが、その場合私は性欲の対象を持たないことのみを指し、恋愛対象があるかどうかは問わない、ということを先に説明しておきます。
あと私は普段ノンセクシャルという言葉をあまり使わないのですが、今回は作中で使われているので使うことにしました。
さて、SAM的に言えばAロマンティックAセクシャルとAロマンティックではないAセクシャル=ロマンティックAセクシャルは、どちらもAセクシャルという点では同じです。
そうでなくともAセクシャルではない人は、割とよく「ノンセクとAセク(=ここではAロマンティックAセクシャルの意)」というようにまとめて言いますね。
しかし実のところ、少なくとも私にとっては、ノンセクシャルの人の感覚は、ヘテロロマンティック・ヘテロセクシャルの人のそれと同じくらい未知です。
特に私は、恋愛対象がないのと、性的な事柄に対して嫌悪がないのが合わさって、彼氏くんとはかなり立場が違います。
だから私から見てこの話は、Aセクシャルという意味では当事者だけど、全体的に見てあんまり当事者ではないわけです。私の感想はそういうポジションからのものになります。
私に見えた範囲では、概ね彼女ちゃんが最悪であると評価されていました。まあ私もクソだなと思いました。
で、「この彼女ちゃんの最悪さが、果たして"あえて"なのか"素"なのか?」ということを気にしている人もいました。それ重要だよねわかる。
この手の話はあえて最悪なやつを描いてるのか、それとも作者がマジで彼女ちゃんみたいな思考でこれを切なく美しい恋の思い出☆みたく思っているのかでだいぶ話が変わってきますね。
これに関して、「彼女ちゃんが内省しない」「彼女ちゃんに変化が無い」などを以って、「素でやっちゃってるっぽくてキツい」というような感想が割と多い気がしました。
個人的にはこの話が「あえて」か「素」かは割とわからん、「あえて」にも全然見えるなと思いましたね。
というのは、彼氏くんが彼女ちゃんの言動に対してスン……と冷える描写が割と細々と挟まれているからです。
特に最後のキスのくだりなんかはわかりやすく彼氏くんがスン……という顔をしていて、マジで彼女ちゃんの切ない恋の思い出☆として描きたいのであれば、彼氏くんの萎えをいちいち描かないのでは?と思いました。
あと彼女ちゃんと別れた後彼氏くんが一人で帰るところとかも彼女ちゃん視点の話として描くなら別に要らん気がします。
少なくとも作者がマジで「最終的にキスやセックスの良さを教えてあげられるのがハッピーだよね☆」みたいに思っているならこういう感じにはならんと思います。
あと最初にも書きましたが、「Aセクとかノンセクの人にゴネてキスだのセックスだのを受け入れさせる系の話やめちくり〜(意訳)」的な反応を複数見ました。
これは全然分かる意見なんですが、この話の彼氏くんが「受け入れて」いるかというと、全然受け入れてはなくね?と私は思います。
まあ受け入れるかどうか以前に、そもそもそういう行為を要請されるシチュエーション自体が地雷っていう感想も分かりますが。
この手の筋で彼氏くんがキスやらセックスやらを含む形の愛に「目覚める」みたいな方向に持っていくのはマジで胸糞だし私もやめてほしいのですが、この漫画が「ノンセクやAセクの人を尊重してない」みたいに言われるとやや首を傾げます。
まず思うのですがフィクションというのは必ずしも社会的・倫理的に正しい(と作者が思う)ものを書くわけではないでしょう。
そしてむしろ、現実に正しくない(と感じられる)部分がある時に、その正しくなさをフィクションとして描くことには意義があります。
文章がへたくそなので言い方が変になりましたが、要するに「現実で困っている人に共感できるあるあるネタを書くとウケる」ってことです。これはこれで言い方悪いな
この漫画は「ノンセクの人とヘテロの人が付き合うなら、こういう風にすべきだよね」とか、「すれ違っちゃったけどこれも切なくて美しい恋の記憶だよね」とかそういう肯定的なニュアンスから描かれているのではなく、「ノンセクが恋愛すると、こういう上手くいかなさが、割とある」というあるあるネタなんじゃね?という感じがします。
だから作中の彼女ちゃんが彼氏くんを尊重できているかというとNOなのですが、「この漫画が」「現実のノンセク(やAセク?)を」尊重していないのかというと、それはちょっと違うと思います。
と、ここまでグダグダと想像で物を言ってきておいてアレなのですが、話を読み直す為に作者のツイートを眺めていたら、ツリーで当事者からの共感系の感想リプが割とついてますね。合わない人には合わないけど、これに共感する人もやっぱり居るわけですね。私は恋愛をしないので共感しないけど
あと作者がプロフでセクシャル保留中って書いてるのと、感想リプへの反応を見るにやっぱりこれ彼女ちゃんの思考と作者の思考別物じゃん。
「こんな話はノンセクを分かってない奴が書いたんだ」みたいな感想もちょこちょこ見たけど、こういう案件で自分の思うマイノリティの描写と違うから非当事者がやったに違いない!みたいなことを言ってると実は普通に当事者でした、みたいなことは割とあるので気をつけたいですね(自戒)
次ですが、これが個人的に一番引っかかったところです。
彼女ちゃんの「一回キスとハグしてくれたら別れてあげる」という要求がクソであるという点は私も同意なのですが、これが「どうクソなのか」という部分で、考え方の合わない感想が多かったです。
まず1つは、「彼女ちゃんはキスやセックスをしないと言われた時点で、そもそも交際を始めるべきではなかった」という意見。
もう1つは、「でもこれって彼氏(ノンセク)の方も彼女(ヘテロ)に対して”接触しないこと”という条件を付けてるよね?」という感想に対して、「したくない人にしないことは当たり前」「したい側が配慮をすべき」「レイパーの思考」みたいな否定意見がめっちゃ付いていた点です。
繰り返しますが、私は彼女ちゃんの「一回キスとハグしてくれたら別れてあげる」という言い方自体はクソだと思うし、そこは全然擁護しません。
「彼女ちゃんはキスやセックスをしないと言われた時点で、そもそも交際を始めるべきではなかった」という意見ですが、これは神の視点からの意見だと思います。
我々は読者なので、彼女ちゃんが結局キスやセックスをしたい!という気持ちを抑えられなかったことを知っていますが、ぶっちゃけ私はそんなのはやってみなきゃ分からんと思います。
彼女ちゃんは割と流されやすいタイプっぽいので、多分最初の時点では「確かに恋愛に接触はなくてもいいかもしれん!いける!!」と本当に思ったんじゃないかと思いますし、そういうパターンも無くは無いと思います。特に彼女ちゃんは処女だったらしいので、「やってみたら接触無しの交際でも満たされた」となる可能性は別にあると思います。
ここで「キスやセックス無しなんて絶対いけるわけない。最初から付き合うな」となるのは、彼女ちゃんは絶対に(ヘテロロマンティックであるだけではなく)ヘテロセクシャルであるという決めつけじゃないすか?必ずしも正しくないと思う。
あと映画館のシーンで腕を絡ませた時の彼女ちゃんは多分、特に性的な意図は無かったと思います。私は恋愛したことないのでもし「こういうのは100%性欲だよ!」って言われたら「あ、そうですか」ってなるしかないんですけど
それを「やめて」と言われたのは多分彼女ちゃん的に想定外で、「キスとセックスだけかと思ったけど、これ思った以上に色々な接触ができないっぽいぞ」となったんじゃないでしょうか。
そういう場合に、「いけると思ってお付き合い始めたけど、やっぱ思ったよりキツイな」となるのは、全然有り得るし、そこまで責められることではなくね?と思います。
じゃあ「やっぱ思ったよりキツイな」となった時、彼女ちゃんがどうすべきだったのかです。
私としては、「やっぱ思ったよりキツイんだけど、もうちょっとなんとかならんか?」という交渉をすること自体は、悪くないと思います。
彼女ちゃんの「一回キスとハグしてくれたら別れてあげる」は、交渉の仕方がド下手くその最悪であるとは思いますが、交渉自体はされた方がいいと思います。
ここで書いておきたいのですが、Aセクシャルであることと、性嫌悪とは違います。そんなん知っとるわという人も多いと思いますが、どうもそこをごっちゃにしているっぽい意見が割と見られます。
「違います」というのは、性嫌悪っぽい描写は正しいAセクシャルの描き方ではない!という意味ではないです。
Aセクシャルかどうかと性嫌悪があるかどうかはそれぞれ別のことであり、カレーが好きだからといってハンバーグも必ず好きとは限らないのと同じことです。
ここで言いたいのは、彼氏くんの「セックスはできない」「キスもしたくない」というのが、どういう意味でそう言っているのかが分からんということです。
我々は読者なので、彼氏くんはキス要求に無理みを感じ、別れた後に彼女を「諦めよう」と思っていたことが分かりますが、彼女ちゃんがリアルタイムでそれを分かる術はありません。
現実に、進んで性的な接触をしたいとは思わないけど、パートナーが望むのであればしても構わない、というタイプのAセクシャルは居ます。(エロ厨の都合の良い妄想とかではなくマジです)
だから彼氏の「セックスできない」が、「ヘテロセクシャルの彼女とセックスで同じ気持ちを共有することはできない」とか、そういう意図で発せられた可能性を、無いと言い切ることはできないと思います。
「キスもできればしたくない」が、「できればしたくないが別に絶対しないってほどじゃない」とか、「キスに世間的に付与される意味を共有できない」みたいなこともあると思います。
そういう部分のすり合わせをすっ飛ばして、いきなり「プラトニックな関係を続けるか」「一度キスとハグして別れるか」というゼロイチに持ち込むのは、あまり良い立ち回りでは無いと思います。
結果としてみればこの二人は相性が悪く、別れるのが正解だろうとは思いますが、「最初から付き合うな」とか、「大人しくスパッと別れるしかない」みたいな言い方は、一般論としてあんまり支持できません。
「したくない人にしないことは当たり前」「したい側が配慮をすべき」という意見も、そもそも彼氏側のしたくなさがどういうものなのかを確かめずにそう言うのは、Aセクシャルの中にも色々なタイプが居るのであまり良い対応とは思えません。(何度も言いますが彼氏くんが本当に性的なことに嫌悪があるタイプだった場合にしてはならないのは当然のこととしてです)
あと、この「したい側が配慮をすべき」という種の主張ですが、これは多分、他人に対して性欲を持つ人が多数派で、そうでない人に対して度々圧力となってしまう現実があることを前提にして出てきた主張だと思います。そういう意味ではこの言い方は正しいのだと思います。
でもこの「多数派は少数派に対して配慮すべきである」というのは一般論であって、個人と個人の関係性においては毎回適用できるものではないんじゃないかと思います。
「キスやセックスを嫌がる人なんて少ないのだから、多数派に合わせて受け入れるべきだ。」みたいな考え方が支配的になるのは良くないでしょう。しかし、個人と個人の関係で、多数派に属する方が少数派に属する方に必ず100%配慮して譲歩するしかない、というのはなんか違うと思います。
だってヘテロロマンティック・ヘテロセクシャル同士の「一般的な」恋愛関係でも、「ちょっと上手く行かないな」「ここなんとかならんかな」という部分について交渉し、妥協点を探っていくのは普通やりますよね。(やるよね?)
この漫画の二人がそれで上手く行くかは別にして、例えば「彼氏とはキスやセックスは無しにしよう。でもそういうこともしたいから、それは別の男とやろう」とか、そういう少数派側の主張とも「一般的な」形とも違う、別の形で二人の関係性が上手く行く可能性もある筈ですよね。
「したい側が配慮すべき」として多数派側に一方的に譲歩を求めると、そういう別の上手く行く可能性を閉ざしてしまうんじゃねと思います。
正直私は別にこの二人が別れてもどうでもいいんですけど、当事者がお互い好きで関係を継続したかったのであれば、そういう交渉はされた方がいいだろと思います。まあこの二人は結局別れるしかなくなりそうですけど。
最後に、以降は私個人のしょーもない感想になります。
ちょっと気になるのが、フィクションでAセクシャルのキャラクターを扱う時、「”自分は欠けているんじゃないかと思う”的なことを言う」「性的なことに嫌悪がある」を付与されすぎじゃね?
個人的にはこれがあんまり好きではない。まあ単に私が共感できないからってだけなのだが……
私は自己中心的すぎるので自分のことを欠けているのでは……とか全然思えない。
だからフィクションのAセクがそういうことを言っていると「こうやって腰低くしとかないと当事者以外からウケが悪いんかな」とか捻くれたことを考えてしまうのですが、どうも他の人を見ていると実際そういう感じに悩んでいる当事者は割と居るっぽいので、多分私に合わないだけで当事者あるあるなのかな たぶん
性嫌悪じゃないAセクのキャラクターはマジでもっと増えてほしいと思っとるんですが、これは性嫌悪にしておいたほうが話が圧倒的に作りやすいという都合でそうなるんだろうなって思うので半ば諦め気味です。
性嫌悪の無いAセク、こういう真面目(?)なトーンの話よりむしろエロ方面の方が扱いやすいような気もするのでそっち方面に期待かなあ
好みの面でも増えてほしいし、フィクションのAセクが性嫌悪系ばかりになると、Aセクシャルの知名度が徐々に上がりつつある状態なのと相俟って、Aセクシャルは必ず性嫌悪であるみたいな誤解を招きそうなのがちょっと嫌です。困る。
まあ細かい部分で色々私の好みでない点は多いのですが、フィクションの題材としてAセクシャルが使われることが割と増えているっぽいことは素直に良いです。
個人的に前見たAセクの漫画家だかレーターだかがシスヘテロの男と同棲する話のやつは、内容がどうこうとか以前にストーリーに面白さを感じられなくて「だからなんやねん」の気持ちになったんだけど今回のはそれよりは色々感想が湧きました。
描き方のバリエーションとか、話の面白さという部分も、今後量が増えていけば色々解決されるんじゃないですかね多分
あとあの話に対して「彼女ちゃんがクソ」という反応がいっぱい出てくること自体がなんだかんだ世の中進んでるじゃんという感じです。
観測範囲で彼女ちゃん肯定派が全然見られないのもTL構築成功ですな
流石フォロイーだぜ
以上です。